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幽玄な石畳の先に立つ2つの古社は
栄華・衰退を見守った大山の歴史シンボル

大山寺・大神山神社(おおがみやまじんじゃ)奥宮
幽玄な石畳の先に立つ2つの古社は
栄華・衰退を見守った大山の歴史シンボル
![]() 荘厳な雰囲気を放つ大山寺と大神山神社奥宮は、周囲を杉の老木に囲まれた静寂の中に佇む古刹。 大山寺は奈良時代に創建され、一時は3千人の僧兵を擁した大寺院です。 平安末期、室町時代には、天台宗山岳仏教の修験場として寺勢を誇り、今も本堂を中心に、寺宝を収蔵した宝物館霊宝閣、阿弥陀堂などが現存。 阿弥陀堂では、本格的な座禅、古道散策を合わせた体験も可能です。 |
◆大山寺 大山信仰の始まりは約1300年以上も前。行者達の荒修行の場として崇拝され、奈良時代となる718年、金連(きんれん)上人によって「大山寺」が開創・創建されたことに始まります。平安時代になると天台宗の寺院が次々と建立され、鎌倉時代から室町時代にかけての大山寺は隆盛を極めました。その後は、高野山金剛峯寺(和歌山県)や比叡山延暦寺(滋賀県)と並ぶ大寺となり、「大山僧兵3000人」と言われるほどの勢力に。その後衰退し、現在は4つの参拝堂と10の支院を残すのみとなっています。 |
◆大神山神社奥宮 大山寺へ向かう途中、石畳の分けれ道から大神山神社(おおがみやまじんじゃ)奥宮にたどり着きます。社殿は全国最大級の壮大な権現造りで、もともとは、僧が修行のために大山に登り、その道場として簡単な遥拝所を設けるようになったのが始まり。明治初頭の神仏分離令により、大智明大権現の社殿を大山寺から分離し、現在の大神山神社奥宮に至ります。自然石を敷きつめた700mの参道、権現造りの社殿、幣殿の白檀の漆塗りの荘麗さ。境内には3つの“日本一”が存在します。 |
◆大山道と大山参り 大山寺の地蔵菩薩は「牛馬守護の仏」とされ、農業神としても大山信仰が盛んでした。大山へ通じる道は、大山へ向かう方向により「坊領道(ぼうりょうみち)」「尾高(おだかみち)」「溝口道(みぞぐちみち)」「横手道(よこてみち)」「川床道(かわとこみち)」と呼ばれており、これらの道を総称して「大山道(だいせんみち)」と呼んでいました。また、大山寺参道ふもとの博労座では、江戸時代から牛馬市が開かれており、明治時代には西日本一と言われるほどの盛大な牛馬市が開催されていました。 |
| 秋の装いに包まれる大山寺・大神山神社周辺。黄金色のステージにてしっとり秋の散策はいかがでしょう?まずはその雰囲気をフォトギャラリーにてご堪能下さい。 |
◆イベント・体験もいろいろ 2つの古社では、春・秋の例祭、夏山開き祭など様々な伝統祭が開催されます。稚児行列に、たいまつ行列、護摩法要など見どころも満載!また大山寺では、住職によるありがたい「座禅体験」も可能。無の境地を悟りながらの時間にきっと心洗われること必至です。
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![]() 〜追加コラム〜 |
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| 0859-52-2158 | |
| 鳥取県西伯郡大山町大山 | |
| 9時〜16時30分 | |
| 大山博労座駐車場 普通車約1,000台 大型バス13台 | |
| JR米子駅より大山情報館バス停までバスで約50分、車で約30分 米子道溝口I.Cより車で約30分 米子道米子I.Cより車で約20分 大山情報館より大山寺まで徒歩約10分 | |
| http://www.daisen.jp/kanko/ |
■ 体験内容![]() |
| 体験内容 | 「座禅」の体験・実践 |
|---|---|
| 所要時間 | 約1時間 |
| 体験料金 | 1人/500円(団体については要問合せ) |
| 体験期間 | 通年 |
| 予約の有無 | 要予約(1週間前まで) |
| 最低催行人員 | 1名(小グループ〜50名程度の団体) |
| 体験年齢 | 小学校高学年以上 |
| 体験者の感想 その他 | 座禅の解説による体験は新しい観光体験であった。 座禅そのものが初体験であり感銘を受けた。 |
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大山寺へ向かう途中、石畳の分けれ道から大神山神社(おおがみやまじんじゃ)奥宮にたどり着きます。社殿は全国最大級の壮大な権現造りで、もともとは、僧が修行のために大山に登り、その道場として簡単な遥拝所を設けるようになったのが始まり。明治初頭の神仏分離令により、大智明大権現の社殿を大山寺から分離し、現在の大神山神社奥宮に至ります。自然石を敷きつめた700mの参道、権現造りの社殿、幣殿の白檀の漆塗りの荘麗さ。境内には3つの“日本一”が存在します。
大山寺の地蔵菩薩は「牛馬守護の仏」とされ、農業神としても大山信仰が盛んでした。大山へ通じる道は、大山へ向かう方向により「坊領道(ぼうりょうみち)」「尾高(おだかみち)」「溝口道(みぞぐちみち)」「横手道(よこてみち)」「川床道(かわとこみち)」と呼ばれており、これらの道を総称して「大山道(だいせんみち)」と呼んでいました。また、大山寺参道ふもとの博労座では、江戸時代から牛馬市が開かれており、明治時代には西日本一と言われるほどの盛大な牛馬市が開催されていました。 








