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岩坂陵墓参考地(いわさかりょうぼさんこうち)
古事記の女神イザナミの墓所とされる皇室ゆかりの地。ひた隠しにされる秘密とは・・・・。
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◆ミステリアス総合評価 ★★★


神秘性★★★★

歴史性★★★★

畏怖性★★★★

癒し性★★

アプローチ難易性★


◆ REPORT

〜皇室ゆかりの古墳〜
松江市八雲町の西側、大庭町との境にある神納峠(かんなとうげ)。この峠の近くに、うっそうとした鎮守の森がある。はっきりとはしないが10メートル程の古墳と思われる。ここが知る人ぞ知る「岩坂陵墓参考地」。

そもそも、「陵墓」とは一体何なのか。天皇家もしくはその関係者の墓として、宮内庁が管理している古墳を陵墓ないし陵墓参考地と呼んでいる。その特定は、『古事記』『日本書記』を元に行われると云う。


〜国生みの女神イザナミの墓〜
『古事記』によると、国生みを成し遂げた男神イザナギは、亡くなってしまった最愛の妻、女神イザナミを泣きながら出雲国と伯耆国の境にある比婆山に葬ったとある。

この比婆山とは何処なのか? 日本の根源をなしたともいえる国生みの女神イザナミの墓所は一体どこにあるのか?

明治33年、宮内庁は神話に暗示された比婆山について大規模な調査を行った。その結果、岩坂陵墓参考地が特定されたのだ。全国にイザナミの墓所とされる地は数10カ所あるが、ここ岩坂陵墓参考地はもっとも有力な候補地とされている。


〜宮内庁立ち札の謎〜
比婆山と聞けば深い山奥を想像するが、岩坂陵墓はほとんど平地ともいえる緩やかな丘のふもとにある。側には民家もあり、車で乗り付けることも可能だ。思わず「こんな場所?」と、拍子抜けしてしまう。

しかし、その実態を知ることはできない。なぜなら宮内庁によって管理され、正面の鉄扉は錠前で閉ざされているからだ。敷地も金網の柵に囲まれ、誰も中に入ることができない。学者による発掘や調査も宮内庁は拒否しているらしい。

正面には立て札が一本。そこに書かれているのは「みだりに域内に入らぬこと、魚鳥等を取らぬこと、竹林等を切らぬこと」

陵墓は皇室の財産であり、神聖な墓所ということだろうが、ここまでされると秘めやかな疑惑も湧いてくる。何か得体の知れない真実を隠そうとしているのではないか・・・・。


〜時空を超えた女神のささやき〜
地元の人の間では、岩坂陵墓の中に墓石となるようなものは置かれていないと囁かれている。全国に数あるイザナミの陵墓伝承地の中でも、このように民家の裏山という何の変哲もない場所にある岩坂陵墓が、もっとも有力地とされるのは何故なのだろうか。

パンドラの箱のように開けてはならない災いが隠されているのか。それとも、秘宝でも眠っているのか・・・・。

静かに目を閉じて気配を感じてみる。うっそうとした木々におおわれた陵墓からは、何千年という時空を超えた異様なエネルギーが発せられているような気がしてきた。森の木立がザワザワと風に揺れる。その音色の底にイザナミの声が潜んでいるかのようだ。


〜神の魂を納めた場所〜
出雲地方の地誌で享保2年(1717)にまとめられた『雲陽誌』によると、「神納山は剱山から500メートルほど離れており、男神イザナギを追った女神イザナミが、みずから魂をこの地に納めたところであるので神納という」と記されている。

神納峠という地名にも隠された意味があったのだ。剱山とは、岩坂陵墓からほど近い山で、その名は男神イザナギが黄泉の国から剣を打ち振いながら逃げ帰ったことに由来するらしい。頂上には剱山神社も祀られている。小さな神社だが、こちらも少々異様な空気が漂っている。

隠されると隠されるほど知りたくなるのが人の常。岩坂陵墓には、まだ一般に明かされていない重大な秘密が隠されているに違いない。
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