山陰観光 旅のポータル
■第1回 小泉八雲
和の伝統風景・文化を海外に紹介日本人よりも“日本”を愛した男
耳無し芳一でお馴染みの「怪談」、「骨董」といった著作で知られる明治の文豪。
元々は、ギリシャ生まれのイギリス人で、日本国籍を取得する前の旧名は、「パトリック・ラフカディオ・ハーン」。アメリカでジャーナリストとして活躍した後、1890年(明治23年)4月に初来日。その取材の際、日本の文化に魅せられ、同年8月、改めて松江中学の英語教師として赴任してきました。他の外国人とは違い、自らの住まいに塩見縄手の武家屋敷を選ぶなど、日本の文化を率先して吸収し、14ヶ月という滞在期間中には、「知られざる日本の面影」など松江を舞台とした数々の作品を発表。その後、41歳の時、旧松江藩士の娘(セツ)と結婚し、46歳で帰化、その際に小泉八雲の名を取得。和の伝統美が色濃く残るココ城下町・松江で幸せな日々を送っていました。
しかし、松江の冬の寒さに我慢できず、熊本など日本各地を転々と移住。その間も、日本の伝統的精神や文化を著書を通じ、世界へと発信していきました。各地を移住後も、たびたびココ松江を夫婦で訪れるなど、そんな彼の執筆活動に多大な影響を与えたのがココ松江なのです。
ちなみに彼が松江在住時に過ごした旧居は、1940年、国の史跡に指定されています。
知ってるつもり? 小泉八雲
●その1. 名前のナゾ
帰化した際に付けられた「八雲」という名前は、過去松江に住んでいたことから、そこの旧国名である「出雲国」にかかる枕詞の「八雲立つ」にちなんだものとされています。
●その2. なぜ「ヘルンさん」?
よく「ヘルンさん」との相性で呼ばれる小泉八雲ですが、その理由とは、彼のファミリーネーム「ハーン」の綴り「Hearn」の読み方を、日本人が「ヘルン」と発音したことが定着してしまったためだと言われています。
●その3. 鳥取にもゆかりが深い?
妻・セツが八雲に語って聞かせたという怪談が、鳥取市に伝わる古い昔話「鳥取のふとんの話」。また、赴任先の松江に向かう途中に宿泊した「下市」(大山町)にある「妙元寺」では、日本の盆踊りに感銘を受け、その後いずれも彼の著書「知られざる日本の面影」にて紹介。ほか、来訪を記念し建立された石碑が残る「八橋海水浴場」など、鳥取県にも多数のゆかりの地が存在します。
■小泉八雲ゆかりの地を巡るなら
●小泉八雲記念館
主な著作の初版本や直筆原稿、書簡をはじめ、八雲に関する資料を収蔵。約200点が展示されています。特に「愛用の机」は、左眼を失明し、右目が強度の近視だった八雲が、原稿を書きやすくするために作らせた特注品。ほか、ランプやキセル、洋服など、彼にゆかりの品々が飾られています。
●小泉八雲旧居
明治24年(1891年)5月頃〜11月に、セツ夫人と過ごした旧家。小泉八雲が愛し、彼の著書にも度々登場するサムライ屋敷と、家屋をぐるりと囲む日本庭園。三方を囲む庭は自然の山水をからめた造りで、八雲は中央の部屋から三つの庭を優雅に眺めるのが好きだったそうです。
●耳無し芳一像(小泉八雲記念碑)
八雲の代表作の一つ「耳無し芳一」。松江しんじ湖温泉すぐ近く、宍道湖を見渡す「千鳥南公園」には、耳無し芳一像があります。
●月照寺
旧松江藩主・松平家の菩提寺で、初代から9代目までの墓所。境内にある大きなこの寿蔵碑が、夜な夜なあたりを動き回ったという土地の言い伝えを聞いた八雲は、「夜歩く大亀」として自らの著書で書き記しました。
●城山稲荷神社の狐像
12年ごとに行われる神事「ホーランエンヤ」で知られる古社。参道に並ぶ狐像を、「この神々の国には、驚くほど数多くの、又種類もいろとりどりの狐の像がある・・・」と記しています。
●普門院橋
小泉八雲の怪談「小豆磨き橋の怪談」に登場する「小豆磨き橋」。夜ごと女の幽霊が出たと八雲が記したこの橋は、松江の北東、普門院のすぐ近くにあったと言われています。
●妙元寺(みょうげんじ)
明治23年8月28日、ハーンは、赴任先の松江に向かう途中、現大山町にある「下市」を宿としました。その夜、妙元寺で日本に来て初めて「盆踊り」(いさい踊り)を見学し、その情景に感嘆。自らの著書「知られぬ日本の面影」に踊り、風景のすばらしさ、人情の素朴さを記しています。
●滝山公園(たきさんこうえん)
鳥取県奥日野の一角、根雨の宿場町と大山の南壁を望み、春の桜、ツツジで有名な自然公園。公園内、滝山神社の境内にある高さ70mの龍王滝は、二歳の幼児を連れて参ると首がなくなるという悲しい伝説をもとに、小泉八雲が小説「骨董」の中で幽霊滝として紹介した逸話を残す滝です。
●八橋海水浴場(やばせかいすいよくじょう)
妻のセツと新婚旅行を兼ねた旅行で琴浦町を訪問。八橋の「中井旅館」(現在は廃業)に宿泊し、近くの海岸で海水浴を楽しんだ様子を、「八橋は静かできれいです」と友人の大学教授にあてた手紙で綴っています。海水浴場には八雲夫妻の来訪を記念した石碑が建立。ほかにも八雲が立ち寄った花見潟墓地や、鳴石の浜、江戸時代の港、寺社など、琴浦海岸沿いを中心にゆかりのスポットが点在しています。
戀戻る
山陰観光 旅のポータル