松江の中心市街地から南へ約15q、静かな山間に鎮座している「熊野大社」は、出雲大社と共に出雲国一宮として古くから信仰を集めている神社。神社前を穏やかに流れる意宇川には山の緑に映える朱色の八雲橋が架かっており、あふれる自然に包まれた境内は厳かな雰囲気を醸し出しています。
コチラに祀られている祭神の名は、「伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命」。やたら長くて、まるで何かの呪文のようですが、実はこれ、たった1人の神様の名前。
「伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなご)」=父神である伊邪那伎命がかわいがった御子
「加夫呂伎熊野大神(くまののおおかみ)」=熊野の地の神聖なる神
「櫛御気野命(くしみけぬのみこと)」=素盞鳴尊(すさのおのみこと)の別名
ということで、素盞嗚尊のことをめいっぱい讃えた言葉なのです。殖産興業・招福縁結・厄除の大神として多くの参拝客が訪れています。
また熊野大社は、火の発祥の神社として「日本火出初之社(ひのもとひでぞめのやしろ)」とも呼ばれ、その歴史は古く、創建は神代といわれています。初めてその名が文献に現れたのが『日本書紀』(720年)で、『出雲國風土記』(733年)にも「熊野大神の社坐す」と記されており、当時は熊野山(現・天狗山)に社があったことが分かっています。
境内には、日本の国歌でお馴染みの「さざれ石」や素盞嗚尊の妻である稲田姫命(いなたひめのみこと)を祀っている「稲田神社」、左手には母神である伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀っている「伊邪那美神社」をはじめ、荒神社、稲荷神社などさまざまな建物が並んでいます。中でも「鑚火殿(さんかでん)」の造りは独特で、屋根は萱葺き、四方の壁はヒノキの皮で覆われており、竹の縁が巡らされています。この鑚火殿の中には、発火の神器である燧臼(ひきりうす)と燧杵(ひきりきね)が大切に保管されており、祭りや神事の際にはそれを使って神聖な神火を起こすのです。ヒノキの板でできた100×12×3pの燧臼に、ウツギでできた長さ80p、直径2pの燧杵を立てて両手でも力いっぱいもむという、昔ながらの「錐もみ式」で、この火起こしの方法は素盞嗚尊が伝えたとされています。
毎年10月15日に行われる「鑚火祭」では、出雲大社の宮司が11月23日の「古伝新嘗祭」に使用する神聖な火を起こすため、この燧臼と燧杵を受け取りに熊野大社を訪れます。この授け渡す儀は「亀太夫神事」と呼ばれ、出雲大社が納める餅の出来映えについて熊野大社の下級神官である亀太夫が、色が悪い、去年より小さい、形が悪いなどと苦情を口やかましく言い立てるという一風変わった神事。そのほか、各国の民俗音楽や舞が奉納される「庭火祭」など、他の神社にはない神事があるので、機会を逃さず訪れてみてはいかがでしょうか。